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      ヒューマナイジング・ストラテジーは個人事業主にこそ有効。

      経営学者の野中郁次郎先生が生み出したSECIモデル。SECIモデルは暗黙知と形式知の相互変換・スパイラル運動ですが、暗黙知は当人の直接経験がベースとなっています。

      SECIモデル自体は個人単体ではなく二人称(あなた)を中心とした考え方です。暗黙知を他者に移転する過程である「共同化」は私→あなた、への移転です。そこには強烈な共感、そして知的コンバット(全身全霊で向き合いながら議論すること)が必要になります。暗黙知を形式知化する表出化の過程で、三人称が出てきます。

      SECIモデル

      このSECIモデルの運用には実践知リーダーシップが必要になります。机上の数字的な分析で得られた理論知も大切だが、実践の現場で判断を行うための知識である実践知こそが必要であり、他者とうまく共創するための戦略である「ヒューマナイジング・ストラテジー(人間くさい戦略)」が本質にある、と野中先生は言及しています。

      私のような士業は、様々な依頼者と一緒に仕事をします。行政書士の場合、最終的な目標は「許可を取ること」や「補助金を受けること」ですが、我々の仕事は依頼者から受けた業務をただこなすだけではありません。現場の最前線にいる依頼者からナマの貴重なご意見を聴取し、自分の価値観が変わることは日常茶飯事。何回も依頼者に対面し、場合によっては私の方からより良いと思われるプランを提案することもあります。大げさな表現かもしれませんが、ひとつの作品を私と依頼者、時には申請先の行政担当者と作り上げていく作業が、私の仕事なのです。

      行政書士は理論知よりも圧倒的に実践知が大切であり、また、より多くの方々と共創していく仕事です。これは多くの個人事業主にも当てはまる話ではないかと思います。

      さて、このヒューマナイジング・ストラテジーのポイントは3つあります。

      共通善の目的

      会社の社是や理念に該当するものが、共有されているか、という視点です。

      例えばパナソニックの「産業人たるの本分に徹し、社会生活の改善と向上を図り、世界文化の進展に寄与せんことを期す」、同志社大学の「良心の全身に充満したる丈夫(ますらお)の起り来(きた)らん事を」 (良心が全身に充満した青年が現れることを)等です。

      イソップ物語の3人のレンガ職人の話にあるように、「親方の命令でやってんだよ」と「後世に残る大聖堂を作ってるんだ」では、仕事の目的意識が全く異なります。自分が何のために仕事に取り組むのか、その思いを周囲の人々や依頼者(お客様)にご理解いただいた上での仕事は強い「共感」を生み出すはずです。

      私の事務所では、「街(地域全体)にとって価値のあるモノを作るお手伝いをする」ことを、仕事の目的としています。逆に言えば、利己主義的な価値観とは相容れないことをお示しすることで、価値観のミスマッチを事前に防いでいます。

      相互主観性による共感

      こちらは表出化についてのお話です。

      「私が良いモノだと思っている」私の主観だけでは、他者にその良さが伝わることはないですし、他者からの共感を生む「良いモノ」はなかなか生まれません。

      野中先生は、自らの主観ともう一人の主観をぶつけ合う知的コンバット(全身全霊で向き合いながら議論すること)を通じて、表出化が生まれていくのだとおっしゃっています。

      目的を共有した上の共同化(暗黙知の共有)をした上で、主観と主観をぶつけあう知的コンバットの繰り返しで、「こういうことだよね」という同意(合意ではなく)が生まれていく。正反合の合(アウフヘーベン)のイメージに近いかもしれません。

      本格的な知的コンバットは個人事業主の場合、仕事に取り入れるのは難しいかもしれません。依頼者と受任者、という明確な関係性があるからです。例えば私の場合、依頼者や行政担当者とぶつかり合うことには大きなリスクを伴います。表出化という「第三者との形式知の共有」は、相手を選ぶということです。

      ただ、個人事業主は常に「個人」ではなく、町内会や商店街、NPOや一般社団法人等、いろんなコミュニティに属する機会があるはずです。なにかの問題を解決する、コンセプトを作り出す過程では、知的コンバットは必ず必要な作業であり、表出化の過程では意識すべき動作だと思います。

      組織の自立分散性

      実践知を育むためには、自立分散型の組織が有効、というお話です。自律分散型とは、どこをとっても全体と一部が自己相似形になっているフラクタル構造、例としては、傑出したリーダーがいなくても機能する、全員が持ち場のリーダーである米国海兵隊が挙げられます。ITでよく導入されているアジャイル・スクラム開発も自律分散型の一例です。

      『七人の侍』に話を戻すと、勝四郎は(フェラル・キッドと同じく)、六人の侍が死んだあとに、彼らについての「伝説を語り継ぐ者」という機能を先取り的に賦与されているのである。それゆえ、勝四郎が生き残り、末永く「侍たちのこと」を回想してもらうということは、六人にとって「こんなところで犬死にするリスク」を冒すために譲れない条件だったのである。

      勘兵衛はそれを洞察したからこそ、勝四郎を仲間に加えることを許した。それはこの戦いで「たぶん我々はみな死ぬだろう」と勘兵衛が思っていたからである。侍だから戦いで死ぬのは構わない。だが、できるものなら最高のパフォーマンスを発揮した上で死にたい。そのための条件を考えて、勘兵衛はこの七人を選んだのである。

      » 『七人の侍』の組織論 – 内田樹の研究室

      一人でも生きていけるが、集まった時に最も機能する集団を構成するにはどうすればいいか。その例として内田樹先生は黒澤映画「7人の侍」を挙げていますが、実践知の例としてとても分かりやすいと思います。生死をかけた殺し合いの現場は実践以外の何ものでもありません。

      組織論の話なので個人事業主とは関係なさそうに見えますが、自己相似形ですから個人に置き換えても話は同じです。

      「行政書士としての私」「都民としての私」「NPO理事としての私」「夫としての私」「カフェでアルバイト擦る私」「中小企業診断士の勉強をする私」…個人の中にある「何かのコミュニティに属する様々な私」が、常に実践知リーダーシップを回しながら成長していくためには、個人に潜む「様々な私」にそれぞれの主体性を持たせてあげることが大切なのだと思いました。

      野生の経営を読んでみよう

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      今日のエントリーは野中郁次郎先生の新著「野生の経営」やその他の本から、自分なりに考えてまとめたものです。気になった方は、ぜひ原著を読んでみてください。

      ではまた!

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